昨今、新聞や書籍をはじめとするメディアでは、ジョブ型雇用に関する議論が盛んになっている。この契機の一つになっているのは、昨年の、内閣官房・経済産業省・厚生労働省による『ジョブ型人事指針』の提示があると思われる。富士通株式会社や株式会社日立など、大手日本企業での本格的な導入が進む中、様々な業種の企業がジョブ型雇用の導入を始めているところである。
だが、ジョブの概念自体は決して新しいものではなく、日本企業はジョブ概念の導入に再三挑戦してきた歴史がある。例えば、欧米の職務給に倣って日経連がその概念の普及に奮闘したことや、成果主義を取り入れるにあたり好都合な職務の考え方を再び取り入れられないか検討を試みたことがある。
日本企業で初めて職務をベースとするジョブ概念が議題に上がったのは、1932年に当時の生産管理委員会で、賃金制度において「職務給の確立」が必要であると主張されたときであった。その後、再び、1950年代から1960年代にかけて、年功主義の克服のため、アメリカで進められていた合理化・近代化を日本企業も目指す試みとしてジョブ概念を基盤にした職務等級制度が姿を現した。
つぎに、1990年代から2000年代にかけて、年功制のもと人件費がかさんでいた中高年齢者の賃金を引き下げるという理由を作るために欧米で用いられていた成果主義の考え方を用いようとされた。これは、当時の日本企業では、能力主義のデメリットが目立ってきたためである。成果主義は「企業中心社会の中で抑圧されていた会社人間への反発」と、アメリカ型の市場原理が優れているとするふたつの側面から持ち出されたとする議論もある(濱口、2023)。
だが、これらのジョブ概念の導入はいずれも、ジョブをベースにした形では実現しなかった。職務給では、賃金における公平感に違いがあったこと、そして、日本企業が職務分析をたびたびやり直すことを嫌ったためである(江夏、2018)。成果主義では、従業員の業績や成果は本人の能力や業務に対する姿勢のみでは説明できないものであることと、成果主義のみでは、従業員の納得性が失われてしまい、職場のモラールの低下につながってしまったことによる(江夏、前掲書)。では、なぜ今、ジョブ型雇用なのか。
現下のジョブ型雇用の導入の議論において最も重視されていることのひとつとして、従業員の専門性を高めるという目的がある。前述の『ジョブ型人事指針』によると、日本企業の従来の制度では、「最先端の知見を有する人材など専門性を有する人材が採用しにくい」とされ、従業員の専門性の向上が喫緊の課題であると示唆されている。では、ジョブ型雇用の導入をいかに成功裡に進め、企図した通りの専門性の向上を獲得しうるのか。この論点には、「専門性とは何か」に関する吟味が必要であり、今後検討することとしたい。
参考文献
江夏幾多郎(2018)「第7章 評価と報酬 報いる」平野光俊・江夏幾多郎『人事管理 人と企業、ともに活きるために』有斐閣、126-144頁。
濱口桂一郎(2023)「日本におけるジョブ型流行史」『日本労働研究雑誌』No.755、4-14頁。
内閣官房・経済産業省・厚生労働省(2024)「ジョブ型人事指針」(2025年4月26日閲覧)