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2025.06.16

日本におけるワーク・ライフ・バランス概念の変遷と展望

客員研究員 松本拓未

2000年代以降、日本では少子化対策や女性の就業促進、働き方改革の一環として、ワーク・ライフ・バランス(Work-Life Balance: WLB)推進に向けた施策が実施されてきた。

WLBとは、仕事と生活という異なる二領域の両立を図ることで、個人の充実と組織の生産性の双方を実現しようとする発想である。この考え方は、仕事と生活との役割は切り分け可能であるという前提に基づいており、1日8時間労働なら残りの時間は生活に充てられるといった時間的な役割分離の発想がその典型である。

この仕事と生活をバランスよく分けるという考え方は、女性の就業支援や育児支援といった文脈では一定の成果を上げてきたと言える。たとえば、1990年代以降に整備された育児・介護休業法や短時間勤務制度、フレックスタイム制度などの施策により、育児期の女性が職場空間に留まりやすくなった。厚生労働省(2023)においては、第1子出産後の女性の継続就業率が年々上昇していることが指摘されており、WLB施策の整備による政策的成果の一端と見ることができる。また、日本企業の多くにおいても、WLBは一定の定着を見せてきた。

一方、昨今では、WLBが、現状に則した概念とは言い難くなってきていることがうかがえる。たとえば、時短勤務制度が職場内の不和の一因となり、サービス品質の低下が懸念されるなかで、制度利用者にも遅番・土日・休日勤務が求められるようになった事例がある。また、WLB施策が一部の勤労者には一定の効果を持つ一方で、組織全体の生産性に対しては負の影響を与える可能性も指摘されている。

WLBの枠組み自体,仕事と生活の混在が進む現代日本を適切に捉えているとは言い難いのではないか。かつてのように、仕事が人生の中心に位置づけられるのではなく、いまやそれは、生活との連関において、人それぞれの日々の営みに深く根ざした諸活動のごく一部として捉えられることも珍しくない。

そこで今後は、ワーク・ライフ・ハーモニー(Work-Life Harmony: WLH)と呼べるような、一勤労者としての在り方について周囲の人々と模索しつつ、仕事と生活の関係性を再定位していくという、ある種の調和が求められていると考える。仕事とは、組織目的の達成に向けた一手段でありながら、人それぞれに意味づけがなされている。今後は、両領域をうまく調和させていくことが求められよう。

参考文献
厚生労働省 (2023)「第一子出産前後の妻の継続就業率・育児休業利用状況」  最終閲覧日: 2025年05月23日